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2006年07月10日
CADスクールだより№2

機械加工&生産の作業者を目指していた悪ガキは、またもやものすごい衝撃を受けたのでした。私の将来のえがいていたビジョンが白紙になった瞬間でした。それで進路を変えました。

その後、機械設計の道に進み、1ヶ月の研修を受けました。頭が悪すぎて難しかったですね。
最初の仕事は百枚近く、図面の重量計算を行っていました。
それからは工場現場で部品を計測し、手帳にスケッチしたものを図面化する仕事をしましたが、図面がダメすぎて、先輩が描き直していました。
学校の製図と、実務の製図がこんなに違うとは・・・という気持ちでした。
ということで?昭和の終わりにCADで図面を作成する業務に配属されました。(とばされました:笑)
ワークステーションのCADは初めてでしたが、誰も触っていない(触れない)CADを使用して業務を行うことは、大変有意義でした。設計なんてとてもできない、ただの図面描きでしたが。
三年経った頃には、ある程度の人なら、CADを使用できるようになってきました。このままではまずい!
という思いで、設計補助に就いて、設計を勉強せねば と思うようになりました。
強度、各種設計計算プログラムを作成していたので、設計は少しやればなんとかなるのかな?という
思いでしたが、設計補助と設計者の壁はベルリンの壁より厚かった・・・
男でCADを使用できるだけでは、心底限界を感じたのでした。
その頃はバブルと呼ばれる時代でしたが、私は大恐慌でした。毎週がブラックマンデー状態で悲かった。
つづく 

作品集 生徒さんがシートメタルで作成した作品です。

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